シワのない海

さらりとした手触り

タイムスリップ IIDX

再会

まだ存在していればビートマニアIIDXをしよう。そんな心づもりでゲームセンターに行った。時は2023年4月、最後にACのIIDXで遊んだのは 9th Style 、2003年なのでちょうど20年前である。久しぶりどころの騒ぎではない。生まれた子供も十段になっているだろう。

さてゲームセンター。あ!まだありました!よかったねえ!そこな店員さん、ビートマニアのカードは買えますか?*1

店員は答えてくれたが、質問の内容に怯えたような塩味の対応をした。お礼を述べて、教えられた通り階段脇の自動販売機で e-amusement pass を買い、「さすがにICカードにはなっている。」などと呟きながらパセリをチャージした。そんなことだから店員も警戒するのである。独り言はそれだけで不審者に見えるので慎んだほうが良い。

衛星都市とはいえさすがに大都会東京の一角、筐体はなんと4台もある。1クレ毎に40分並ぶ必要が無いとは有難い*2。まずは1クレ遊んでみよう、唐突に思いついて来てしまったので何の下調べもしていないが昔取った杵柄、なんとでもなるはずだ。

ならない。その浦島太郎ぶりや凄まじ、「IIDX30!そんなに!」「ビギナーフォルダから出られないんだけど!*3」「イヤホンジャックが付いている!曲が聞こえる!」「ノーツが見える!*4」「なんかタオルみたいな機能*5がデフォでついたんだな。」「エキスパートモードなくなったん?」「LEVEL8って☆いくつ?」「ハイパーって何?」など数々の驚きがありました。楽しい。

いろいろフレッシュに驚いたものの、一番感動したのはイヤホンジャックでした。圧倒的。以前は音楽ゲームなのに他のゲームの音で曲が聞こえないことも多かった、というかそれが普通でしたからね。もともと面白いゲームなのに音がクリアに聞こえるので本当に楽しい。家庭用みたい。

とりあえずリハビリがてら段位認定を順番にしましょうね。と、謙虚に級位から始めて途中初段で落ちたりしつつ、四段に受かったところで再開初日は閉店時刻となりました。いろいろわからん。いろいろわからんがイヤホンジャックはあるし連コもできるし大人なので財布のお金は実質無限。これは良い、趣味に追加しよう。

新たに付き合う上で

このゲームは楽器の練習に近いので初期の方針が後に響きます。趣味として真面目に遊びなおす以上往年の不満を解消する方向に向かったほうが満足度が高くなるでしょう。その不満とは、皿の苦手意識と階段の苦手意識と鍵盤側小指が余ってて勿体ない、でした。よくあるやつです。皿と階段は後から修正が効くとしても、とにかく小指が使いたい。なぜならインフレした難易度に対応するために右手の守備範囲を広げたいし、追々DPにも手を出したいし、今は小指の独立性が高いことも知識として知っているし、筋力が付くには長い時間がかかるので後からよりは最初から鍛えたほうが絶対良いから。

というわけで小指はすぐ使うとしても、単に7鍵薬指を小指に置き換えるよりは、現代の作法を学んでショートカットを図りたいところです。そこで帰宅後は色々読み漁り、どうも1048式がデファクトスタンダードであるらしいということがわかりました。読めないけど。1024でも2048でも無いのかなんなんだこの数字(※人名)。鍵盤と指が1対1対応なら階段も指が慣れれば流して押すだけなので、デフォルトはこれで良さそうです。

このとき当面の間手首皿は意識的に避けるということも同時に決めました。何度か試してはみたのですが、認識力と指の独立性が不足した状態で咄嗟に使ったら絶対痛めると感じたのと、どうせ連皿では崩して片手か半固定にすることになるのでそちらを先に慣らしたほうが良かろうという予想によるものです。☆11あたりからは手首でサボるほうが楽なことも増え、2年経った現在は手首もよく使っています。SCREW / owo / SCREW とかは叩くのが楽しいので叩きます。使い分けです。楽しいのが正義。

方針は決めたものの強くてニューゲームという余裕な感じではなく、慣れるまでは結構時間がかかりました。2003年当時使っていた運指*6は対称固定(1,7鍵薬指)+北斗でした。困ったことに人間の脳は凄まじく、20年経っているにも関わらず一度体で覚えてしまった7鍵薬指がすぐに顔を出します。逆に北斗力も完全には失われなかったので、低レベル帯の連皿などでは気分転換になってよかったです。鍵盤系で北斗が役に立つといえば初期のプレイヤーとしては THE EARTH LIGHT、あと100% minimoo-G(A)とか?あれを北斗と言うかは議論の余地があるけど楽しくて好きです。

遊ぶ上では短期目標となる曲も決めておきたいところです。なんとなく遊んでいても楽しいのは重々承知ですが折角なのでしゃぶりつくしたい。最終的には☆12をしばいてゲームに感じられるようにはなりたい。昔なら難易度帯毎にクリアしたい曲を決めて単曲対策して遊んだものですが、いかんせん現代では曲が多すぎる。ならまあ段位か。段位だろう。しかたない。というのは段位認定が実装された当時、ゲームに試験を持ち込まれても興ざめだよななどという気持ちになってしまいどうにも受け入れられなかったことを覚えていたからです。しかし現代の曲数になるとわかる。あれは将来の遭難者を減らすための指針だったのだ。ありがとうコナミ。というか曲数の少ないエキスパートコースなので毛嫌いする理由は全然無くて単に私がバカだったんです。それはそれとして段位に縛られるのも良くない予感はするので、なるべく省エネで取っていくようにしましょう。皿はその過程で選り好みしなければなんとかなるでしょう。当時は皿曲といえばチェッキンと5.1.1(A)でしたが(そうか?)、現代ではたくさんあるようですから。

最初しばらく

その後七段挑戦あたりまでは取り立てて書くことがありません。仕事も繁忙期ではなかったのと家からゲームセンターが近いのを良いことに1日10クレを2週間ほど続けたところで六段に合格しました。驚くべきことに当時のメモには28回目の受験とあります。1日2回も受けるな。まあ六段までなら癖が付こうが後からどうにでもなるのはその通りではあるけども、毎日受けて良く飽きなかったものです。

2003年当時は、エキスパートコースでR5(A)が出てくると序盤回復して最後同時押し地帯でゴリゴリ削られつつなんとか抜ける、というぐらいの感じでした。それと比べれば、鍵盤地力が戻るまでもう一歩、というところでしょうか。とはいえ曲数も少なく、雑誌に掲載された譜面を見ながら座学をすることも珍しくない時代だったので、IIDX30の時代に☆11でゲームになるというのとはかなり違う状態だったろうと思います。

毎日10クレ遊んでいると一晩では腕が回復しなくなったので、この頃から休憩がてら1クレに1曲程度DPを挟むようになりました。さすがに毎日10クレを続けるのは難しく、多少頻度は落としつつですが、そんな遊び方を2ヵ月ほど続けたところでSPは七段、DPは初段になりました。SP七段については段位認定とのお付き合いとして別に書くことにします。

 

 

 

*1:登場初期のエントリーカードは店舗毎の数が限られており、タイミングを逃すと入手が困難だったという記憶が残っていためこのような質問が発生した。あまり覚えていないので、単に記憶違いで絵柄を気にしなければ容易に入手できたという可能性もある。

*2:これはビートマニア人口減と新型コロナによるゲーセン統合の結果だったので喜んでばかりもいられない。IIDX31で行脚を始めたことでゲームセンターというよりアミューズメント施設の役割と衰退について強く意識するようになった。

*3:黒鍵がキャンセルであることを忘れている。

*4:初期筐体のリアプロジェクションモニタはその仕組み上そもそも暗く、店舗によってはほとんど見えなかった。とはいえ初期筐体末期には出荷時のディスプレイではどうにもならなくなって、独自に大型テレビに置き換えているゲームセンターもちょくちょくあったためこの話は少し盛っている。

*5:サドプラ

*6:というと指の運び方という感じ強いので本当はDP風にホームポジションと呼ぶほうが良いと思っている。